デジタルマーケットにおける自由競争を促進することを目指し、2023年5月、欧州でデジタル市場法(Digital Markets Act)が全面施行されて2年あまりが経ちました。

 

GoogleやAppleなどのビッグテックは、デジタルマーケットにおけるその支配的な地位から「ゲートキーパー」として指定を受け、市場を創造し、寡占してきた圧倒的な優位性の源泉であるデータの取扱いやサービスの提供方式等に関して、EUは新たな規制や義務を課すようになりました。

 

ビッグテック達が創造し、その流れで寡占してきた市場は、10年、20年と時が経つ中であまりにも巨大化し、彼らが築いた自社に有利な仕組みやルールが格差を更に広げ、参入障壁があまりにも高くなり過ぎてしまった市場に一定の規制をかけることで、ゲートを開き、より新規参入がしやすい環境を整えることをその目的としています。

 

より多くの企業がデジタル市場に参入することで、市場が活性化し、自由競争や価格競争が生まれ、サービスが多様化し、最終的にはユーザがより多くの恩恵にあずかれるように市場が変革することが期待されています。

 

例えば、AppleとGoogleが寡占していたスマートフォンのアプリストアにも、例外なく競争原理を導入し、デジタル市場を好機と見たさらに多くのプレイヤー達が参入することで、より安価な手数料や利用料で多種多様なサービスを提供するアプリストアが登場するようになるでしょう。

 

2024年6月、日本においてもEUのデジタル市場法と似た目的を持つ法案が成立しました。「スマートフォンにおいて利用される特定ソフトウェアに係る競争の促進に関する法律」(以後、本稿ではスマホソフトウェア競争促進法と記載)といい、2025年12月中の施行が予定されています。

 

この法律は、AppleやGoogleが提供するモバイルOS、アプリストア、ブラウザ、検索エンジンを「特定ソフトウェア」として指定し、現在、寡占状態となっているこれらのデジタルサービスに対して、公正な競争環境を確保するための規制を導入することを目的としています。

 

今回は、全面施行が12月に迫っているスマホソフトウェア競争促進法が出来た背景や概要、目的、特徴、事業者としてのビジネスチャンス、近い将来に予想される市場の変化などについて考察して行きたいと思います。

スマホソフトウェア競争促進法の目的

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2025年12月に全面施行される「スマホソフトウェア競争促進法」は、スマートフォン市場における競争環境の改善を目的とした新しい法律です。法案の目的が欧州のデジタル市場法(Digital Markets Act)に近いため、日本版DMAとも呼ばれることもあります。

 

欧州のデジタル市場法がプラットフォームとしてのエコシステム全体を規制対象としているのに対して、日本のスマホソフトウェア競争促進法では、スマートフォンの特定ソフトウェア(モバイルOS、アプリストア、ブラウザ、検索エンジン)に範囲を絞り、その規制対象としている点がその特徴となっています。

 

スマホソフトウェア競争促進法は、以下の実現を目指しています。

 

・スマートフォンの基本機能(モバイルOS、アプリストア、ブラウザ、検索エンジン)を特定ソフトウェアとして指定し、これらを提供する事業者が市場を独占・寡占している状況を是正すること。

 

・利用者が多種多様なサービスをより自由に選べる環境を整備し、国民生活の利便性向上と経済の健全な発展を目指すこと。

 

・有力な事業者による競争制限的な行為を事前的に規制することで、新規事業者が参入できる環境を整備し、事業者間の自由競争を促し、価格の適正化やイノベーションを促進する。

【参考情報】スマホソフトウェア競争促進法の全面施行に向けた公正取引委員会における取組の状況

ビッグテックに対する初めての独占禁止法違反の認定

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事業者の独占的行為を防止し、公正かつ自由な競争の促進を目指すための規制、と聞くと独占禁止法をまず思い浮かべる方も多いと思います。では、今回新しくスマホソフトウェア競争促進法を制定した狙いや目的はどこにあるのでしょうか?

 

実際のケースを見ていくことで、独占禁止法の限界やスマホソフトウェア競争促進法が目指しているものが見えてきます。2025年4月、公正取引委員会がGoogleに対して、独占禁止法違反による排除措置命令を発出したのはまだ記憶に新しいところです。

 

実は、この排除措置命令は、日本においてビッグテックに対して独占禁止法違反に基づく排除措置命令が発出された初めてのケースであり、日本のデジタル市場における競争政策の転換点とも言えるべきものでした。

Googleへの排除措置命令の概要

– Android端末におけるChromeのプリインストールや検索エンジンの既定設定などが、拘束条件付取引(独占禁止法第19条)に該当すると認定。

 

– 従来、ビッグテックに対しては調査や勧告、事前相談制度による対応が中心だったところ、独占禁止法違反に基づく正式な法的措置(排除措置命令)を初めて発出。

【参考情報】Google LLCに対する排除措置命令について(令和7年4月15日)

Googleへの排除措置命令の詳細

2025年4月15日に公正取引委員会がGoogleに対して独占禁止法違反による排除措置命令を発出しました。

 

– 対象企業:Google LLC(米国)

– 日本法人:グーグル・テクノロジー・ジャパン株式会社

適用された法律

– 独占禁止法第19条(不公正な取引方法第12項:拘束条件付取引)

問題となった行為

1. 許諾契約(MADA: Mobile Application Distribution Agreement)

許諾契約は、Androidスマートフォンメーカーが「Google Play」を搭載するために必要な契約です。Googleは、Androidスマートフォンメーカーに対して、Google Playの搭載を認める条件として、競合の検索サービスやブラウザの排除の条件を課していました。

 

– 「Google Chrome」や「Google検索アプリ」のプリインストール。

– 上記のアプリを初期ホーム画面の目立つ位置に配置。

– 検索機能の既定設定をGoogleにすること。

 

2. 収益分配契約(RSA: Revenue Sharing Agreement)

収益分配契約は、Googleの検索広告収益の一部をスマートフォンメーカーや通信事業者に分配する内容の契約です。分配の条件として、以下のような競合排除条項が含まれていました。

 

– 他社の検索サービスを端末に実装しないこと。

– 他社サービスの利用を促進しないこと。

調査で明らかになった事実

– 2024年末時点で、6社のスマートフォンメーカーと上記の契約を締結していた。

– 対象端末は日本国内のAndroidスマートフォンの8割以上のシェアを占めていた。

– 以上から、利用者の選択肢を狭め、競合事業者の市場参入を阻害する行為と認定された。

排除措置命令の内容(一部)

– 許諾契約および収益分配契約の契約条項の見直し・削除。

– 今後、同様の行為を行わないことの確約。

Googleの反応

– Googleは命令に対して「遺憾の意」を表明、対応を慎重に検討するとしています。

– Googleは「競争を阻害するものではなく、むしろ競争を促進する」と反論しています。

– 契約は任意であり、スマホメーカーが自発的に選択していると主張しています。

 

これらの事情を知らない一般のユーザは、スマートフォンを購入して電源を入れた瞬間にアプリがプリインストールされていると、すぐに使えてすごく便利と感じるでしょう。スマホもPCもソフトウェアを入れなければただの箱です。

 

しかし、実は当たり前に見えるこの状態の裏では、スマホの小さなホーム画面を舞台にユーザとのタッチポイントを優先的に確保するためのプリインストールを巡る熾烈なシェア争いと競合排除の攻防が繰り広げられています。

 

独占禁止法違反による排除措置命令の発出は、このような現実が明るみになり、多くの人が知るきっかけとなったひとつの出来事とも言えるでしょう。

独占禁止法の限界

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独占禁止法違反の疑いで調査を開始してから、実際に独占禁止法違反と認定し、排除措置命令を発出するまでに、どの程度の時間を必要とするのでしょうか?

前述の2025年4月のGoogleのケースを例に見てみましょう。

調査から命令までのタイムライン

調査開始:2023年10月23日 公正取引委員会が審査開始を公表

【参考資料】Google LLCらによる独占禁止法違反被疑行為に関する審査の開始及び第三者からの情報・意見の募集について

 

違反認定・命令発出:2025年4月15日 Googleに対して独占禁止法違反と排除措置命令を発出

【参考資料】Google LLCに対する排除措置命令について

 

この事例において、公正取引委員会が調査を開始してから独占禁止法違反の認定、排除措置命令の発出までにかかった期間はおよそ1年半となっています。この期間中、公正取引委員会は国内での調査や意見募集のみならず、欧米の競争当局との情報交換も行い、国際的な規制動向を踏まえた上で最終的に独占禁止法違反の判断を下したとされています。

 

ビッグテックの複雑な契約構造や取引先の聞き取りや実態の把握、市場支配力の評価など、調査には相当の時間を要し、かつ慎重に行う必要があったことが想像されます。

 

このプロセスをケースごとに対応していくことを考えると、デジタル市場の変化のスピードにタイムリーに対応するには自ずから限界があり、従来の枠組みではない新しい規制の仕組みが必要と判断された理由の一端が見えてきます。

 

2025年4月のGoogleへの独占禁止法違反の認定および排除措置命令の発出は、日本の公正取引委員会が、今後はビッグテックに対してより積極的な法的対応を取っていくという姿勢を初めて示したとも言えます。2025年12月のスマホソフトウェア競争促進法の全面施行を控え、日本の競争政策はより厳格な規制に向かっていく流れに入ったと言えそうです。

スマホソフトウェア競争促進法で規制対象となる行為の類型

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2024年6月に成立したスマホソフトウェア競争促進法では、一定規模以上の事業者を指定事業者に指定し、事前規制の対象となる禁止行為や講ずべき措置(遵守事項)の類型を定め、指定事業者がこれらの類型の行為を行った場合に迅速に独占禁止法違反の事実認定を行えるようにしています。

対象となる事業者

「指定事業者」として政府が認定した企業のみが対象。現時点ではAppleとGoogleが該当。

主な禁止事項(抜粋)

禁止行為            内容

①他社アプリストアの妨害      他社のアプリストアを使えなくする行為の禁止

②課金システムの制限        他社の課金方法を妨げることの禁止

③ブラウザエンジンの排除      他社製ブラウザの利用を妨げる行為の禁止

④自社サービスの優遇        検索結果などで自社サービスを不当に優遇することの禁止

⑤ソーシャルログインの強制     自社ログイン方式の強制禁止

遵守義務(抜粋)

・ユーザデータの取得・利用に関する透明性を確保する。

・デフォルト設定(検索エンジン・ブラウザなど)の変更を容易にする。

・不要なアプリの削除を簡単にする。

罰則・是正措置

・違反行為に対しては排除措置命令、課徴金(最大20%)、差止請求などを可能とする。

・法人には最大3億円の罰金、個人には懲役刑や罰金が科される可能性あり。

ユーザーへの影響

・アプリや課金方法の選択肢が広がる。

・デフォルト設定の自由度が向上する。

・より透明で安全なスマホ利用環境が期待される。

・選択肢が増え、操作が煩雑化する。

・ソフトウェアの選択肢が増えることで、マルウェアの混入や詐欺被害などセキュリティ上の懸念が増える。

スマホソフトウェア競争促進法施行後のマーケットを占う

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デジタル市場の競争政策において、日本の数年先を行くとも言える欧州では、一足先の2022年11月にデジタル市場法(DMA)が適用開始されています。現在、欧州で現実に起きている変化は、日本におけるスマホソフトウェア競争促進法施行後のマーケットやビジネスを占う上で参考になる点があるはずです。いくつかひも解いてみましょう。

 

DMAでは、一定の規模以上の企業を「ゲートキーパー」として指定し、デジタル市場に競争原理を導入する目的でゲートキーパーに対してさまざまな規制や義務を課しています。その結果、ゲートキーパーが寡占してきていたAPIの開放やOSの制約緩和が進み、複数の新しいビジネスモデルが立ち上がっています。

 

これらは、「既存の独占領域の置き換えを目指すビジネスモデル」と「解放された機能を使った新サービス」といった視点で整理できそうです。

1. 代替アプリストア型ビジネス

・事例:AltStorePAL, Setapp Mobile, Epic Games Store, Skich Store, Mobiventionなど。
・背景:Apple・Googleがアプリ配信経路を独占していたが、DMA施行により外部ストアによる配布やサイドローディング、外部課金リンクが許可された。
・特徴:ゲームやアプリの使い放題などのサービスがある。手数料なしや安く抑えることで開発者の囲い込みを狙う。
・収益モデル:サブスクリプション制ストア、定額でアプリ使い放題、アプリ内課金なし、広告なしの有料パッケージでの販売等など。

2. iOSアプリ内決済の自由化と外部決済の選択

・事例:Stripeや他の決済サービスを統合し、アプリ内で直接支払いを受付。
・背景:アプリ内課金でApple/Google以外の決済手段が使えるようになった。
・特徴:BNPL(後払い)や仮想通貨決済と統合、決済手数料を柔軟に設定。
・収益モデル:決済手数料収入、高付加価値決済の提供(AIによる不正検知、クロスボーダー決済)など。

3. 代替ブラウザの増加

・事例:Opera, Aloha Browser, Vivaldi, Brave, Ecosia, DuckDuckGoなど。
・背景:AndroidやiOSでインストール時に標準ブラウザを選べるようになった。
・特徴:プライバシー保護機能、独自広告ブロック機能搭載、高性能レンダリング(ゲームストリーミング等)など。

4. デバイス機能アクセス解放によるIoT連携

・事例:NFCを使った公共交通・鍵管理、銀行系アプリのタップ決済、UWBを使った純正アプリでのデジタルキーの提供。
・背景:AppleがApple Payに限定していたNFCのタップ決済が外部決済アプリでも可能になった。デジタルキーをApple Wallet経由以外で使えるようになった。
・特徴:多様な決済手段の提供、仮想通貨連携、自動車のデジタルキー提供、入退室管理、チケットレス乗車、ヘルスケア機器との直接連携など。
・収益モデル:デバイス連動サービスの月額課金、B2B向けAPI提供など。

5. クロスプラットフォームID・広告配信

・事例:Privacy Sandbox互換型SSO、コンテキスト広告配信ネットワークなど。
・背景:広告・認証の代替手段が登場し、AppleやGoogleの広告ID(IDFA/GAID)への依存が減少した。
・特徴:AppleやGoogleの広告ID(IDFA/GAID)およびサードパーティークッキーを使用しない、ゼロパーティデータの活用、欧州GDPR準拠の同意管理プラットフォームなど。
・収益モデル:認証API利用料、コンテキスト広告のCPC/CPMなど。

 

DMA後の欧州では、「開かれたゲート」をビジネスチャンスと捉えた事業者が、新しいUXや低コスト化を武器に市場のシェア獲得を狙ったり、既存のサービスの付加価値を更に高める動きが活発になってきています。

 

代替ストア(サイドローディング)+外部決済サービス+独自ブラウザ の組み合わせであれば、例えAppleとGoogleのプラットフォーム上であっても、完全に独立したエコシステムを築くことも目指せるようになりました。

 

DMAの規制は、AppleやGoogleが独占してきた広告ID(IDFA/GAID)を用いない広告配信ネットワークの構築を後押しし、プライバシーに配慮した代替IDの活用促進や同意管理プラットフォームを備えたGDPRに準拠した広告配信などのビジネスモデルも出てきています。

スマホソフトウェア競争促進法の施行後のデジタル市場に注目

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DMA後の欧州の動きは、スマホソフトウェア競争促進法の施行後の日本を占う上で大きな示唆となっています。代替アプリストア、代替決済ゲートウェイ、代替ブラウザエンジン、デバイス機能活用(NFC/UWB/センサーなど)、ヘルスケア/IoT連携、クロスプラットフォームID/広告などのカテゴリでは、日本でも新しいサービスが生み出されるでしょう。

 

Appleは、日本においてiOS 18.1 を2024年10月にリリースしました。これにより、サードパーティ開発者による iPhone での NFC 接触型トランザクションが Apple Pay/Wallet に限らず提供可能となり、店頭での支払い、車・自宅・ホテルの鍵、交通券、社員証/学生証、ロイヤリティカード、イベントチケットなどの分野での実装が進むことが見込まれます。

 

Appleの閉鎖的なエコシステムがその解放に向けて、徐々に動き出しています。

 

日本は、デバイス機能活用の分野においては一日の長があり、NFCの実利用はすでに20年を超える歴史があります。FeliCaや交通系ICカードなど、すでに日常的に使われているカードとの連携が進みユーザの利便性が向上するなど、今後、次第に具体的になってくるであろうマーケットの動きについて、今後も引き続き注目して行きたいと思います。

 

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